おまいらは鼻糞を甘く見すぎって話

どうも、ジスさんです。

今までは前ブログの記事を加筆修正した記事をアップしていましたが、今回から新しい記事も途中にあげていこうと思います。

世間ではC96が終了ということで参加された方はお疲れ様でございます。
前職の関係で前まで毎回コミケ参加していましたが、今では俺も無職。
あの地獄に行くこともなく優雅に涼しいカフェでブログ更新でございます。



さて今回のテーマは、おまいらは鼻糞を甘く見すぎって話。
ということで早速書いていきましょう。

新ブログ一発目の記事がこれかよ・・・っていうツッコミは置いといて。



まず最初に言っておくと俺は鼻糞を食う事が大好きだ。

三度の飯より鼻糞が好きだ。
好きな食べ物ベスト10に入るほど鼻糞に絶大な信頼を寄せている。




しかし悲しい事に、世間では鼻糞を食う事は汚いという認識があるようだ。

俺は悲しい。
俺は非常に悲しい。
なぜこれほどまでに美味い鼻糞が世間的に過小評価されているのか。
納得ができない。



そこで俺は決意した。
このブログで鼻糞の魅力を存分に語り、鼻糞を食うという行為を正当化させようと。


タピオカの次のブームは鼻糞だ!

そして鼻糞ブームの先駆けとして俺は世間の人気者でメディアに引っ張りだこ。という所まで俺の未来予想図は完成している。


おまいら見てろよ。
今にインスタで女子が鼻糞食ってる写真がオシャレとかインスタ映えとか言われ出す時代が来るからな。
そのうち藤田ニコルとかみちょぱあたりがインスタに鼻糞食う写真が投稿し始めるからな

常に時代の最先端を行くのがこのイケメン、ジスさんである事を証明すべき時が来たようだ。




鼻糞を食べるという行為

基本的に現代社会において鼻糞を食べるという行為は恥ずかしいという世間の共通認識があるだろう。
その認識に関しては俺も同意だ。
俺は海外に行った事ないから詳しくは知らないけど、鼻糞を主食にしている国というのは聞いた事がないので多分全世界共通認識だと思う。

つまり鼻糞を人前で食べるという行為は現代社会において禁忌なのだ。


だから俺たち一流の鼻糞ラーは誰もいない時、もしくは自宅などのプライベート時に食べるしかないのだ。
決して人前では食べない。これを徹底するしかない。うっかり人前で食ってしまった日には最後。世間からは笑われ者。最悪社会復帰困難にまでなる可能性もあるだろう。

俺も普段は誰しもが羨むイケメンとして前線に立っているが、気を抜いたら人前で鼻糞を無意識に食ってしまう可能性があるのでそこに関しては最善の注意を払って日々生活をしている。
人前で鼻糞を食ってしまったら、いくら最上級イケメンの俺でも世間からの評価は下がってしまう事だろう。

だからプライベート空間でしか絶対に鼻糞は食わないのだ。

逆に言うなら俺のプライベートは鼻糞を常に食っていると言っても過言ではない。

鼻をほじり、取れた鼻糞を確認し鼻糞に生まれてきてくれてありがとうという感謝の意を込め口に含み、それを舌で転がしながらしっかりと味わい、そして飲み込むのだ。

この一連の流れが俺の唯一の癒しの時間と言ってもいいだろう。




鼻糞の味と食感

食べた事ない人がまず最初に疑問に思うのが味だろう。
この章では鼻糞の味と食感について書いていく。


一言で言うなら鼻糞は塩味だ。

塩味と一言で済ますのは簡単だがただの塩味ではない。
実にちょうどいい塩梅なのだ。

実際の塩ほど辛くなく、簡単に言うならカルビーポテトチップスうすしお味のようなちょうどいい味なのだ。

俺はいろいろな身体から出る物体を口にした事がある。
目糞と鼻糞は塩味で耳糞は苦いのってなぜだろう。
昔から不思議に思っているが調べてないという事は、俺は耳糞にそこまで興味を抱かなかった人間なのだろう。やはり俺は鼻糞が好きなのだ、と改めて認識させられる。

目糞鼻糞という言葉があるが、この言葉を作った人もきっと俺と同じで身体が出るあらゆる物体を口にしていたのだろう。そして目糞も鼻糞もどっちも塩味!じゃあ一緒じゃん!!という思いからこの言葉を作ったんじゃなかろうか。


そもそも鼻糞は、鼻水と埃が鼻の中で突然変異し固まったものである。
鼻水の成分は体内のいろんな液体が混ざりあってできた液体だ。

実にロマンチックと思わないかい?
自分の体内で幾度となく巡り会いを重ね、その結果鼻糞となりちょうどいい塩味の物体が出来上がるのだ。

そう、まさに恋愛と一緒だ。
人間と鼻糞は恋愛のようなもの。
かすかな巡り会いとタイミングで人間と鼻糞は出会い、産まれるのだ。
なんて神秘的なんだろう。


食感に関しては個人差や体調によって異なるが、俺は少し水分が入り湿り気もありながらモッチリとした食感の鼻糞が好みだ。カリカリの固い鼻糞も美味なのは間違いないが、モッチリ食感の鼻糞は舌で転がす時間を多く楽しむ事ができるのでおすすめだ。




鼻糞に対する世間の評価

先日俺はツイッターにてアンケートを行った。
正直サンプリングが全く足りないがこのような結果になった。


なんと、おいしいと思う評価まずいと思う評価が綺麗に半分に分かれた結果となったのだ。

この結果は正直びっくりしている。
鼻糞を食う事は汚いと思われてるかと思いきや意外においしいと思う人も多いという事がわかった。
個人的にもとても嬉しい結果となったのだ。

この結果から意外に鼻糞をプライベートで嗜んでいる俺のような仲間が一定数いることもわかったのだ。


考えてみれば鼻糞を食う行為は子どもに多い。

子どもというのはじつに素直だ。
つまり素直な子どもが鼻糞を食うという事は、美味しいと思うから食うという事なのだ。
他人の目を気にせず美味しいから食うのだ。

それが子どもだ。
大人になるにつれ他人の目を気にし、次第に鼻糞を食うという行為を人間は遠ざけているのだろう。

しかし子どものように欲望には忠実であるべきだ。
鼻糞が実に奇跡的な配分でちょうどいい塩味である事は先ほど書いたとおりだ。
美味いものは素直に口にすればいいのだ。


え?鼻糞って鼻水と埃が固まったものなんでしょ?そんな気持ち悪い物食えるか!
という声があがるかもしれないが、俺はそこに関しては断固として異論を唱えたい。

先ほど書いたとおり、自分の体内の液体が巡り合い奇跡的に産まれたもの。それが鼻糞なのだ。
言い換えるなら鼻糞は自分の子どものようなものだ。

その子どものような愛しい鼻糞を気持ち悪いなんて失礼極まりない。
お前は自分の子どもを気持ち悪いと遠ざけたりするのか。
自分の子どもを気持ち悪いと言って愛着も与えずに味わいながら食べたりしないのか。

自分の子どもは愛するべきなのだ。
だったら自分の子どものような存在である鼻糞をしっかり目で見て愛着を感じながら舌で転がししっかりと味わいながら飲み込み感謝するのが人間なのではないか。

俺はそう訴えたい。



まとめ

いかがだっただろうか。
少しでも鼻糞の魅力について伝わっただろうか。

俺がこのブログでいくら鼻糞の魅力について語ったところで、タピオカの次のブームを鼻糞にする事はなかなか難しいだろう。


一番てっとり早いのは有名人や社会的権力を持った人が鼻糞の魅力について語る事だ。

冒頭にも書いたが、藤田ニコルやみちょぱなどが鼻糞を食ってる写真をインスタ等にあげればひょっとしたら鼻糞ブームはそう遠くない未来に訪れるかもしれない。
実際藤田ニコルとかめちゃくちゃ家で鼻糞食ってそうな顔してるしなぁ。(唐突のディスり)

安部総理がカメラの前で堂々と鼻糞を食いながらうまい!と絶賛すれば国民の鼻糞に対する嫌悪感は払拭されるかもしれない。


俺はそうなる未来を願っている。
人間と鼻糞が共存できる世界になる事を。

実際現代社会ではまだまだ鼻糞を食べる行為は汚い行為として認識されている。
俺はその社会を変えたいのだ。



日頃から鼻糞を嗜んでいる同士の諸君はこれからも食べ続けてほしい。

そしてまだ食べた事ない諸君や鼻糞を軽視している諸君はぜひ一度鼻糞としっかり意思疎通をしながら愛情を持って食べてみてほしい。鼻糞に対しての見方が変わるだろう。


俺も人前では食べないが、これからもプライベート空間では鼻糞を食い続けていくだろう。


人間は鼻糞を軽視しすぎなのだ。


夏本番で暑さもピークな日本。
熱中症で倒れる人も少なくない。

そういう時は鼻糞を食べて夏を乗り切ればいい。
幸い鼻糞は塩味だ。塩分が含まれている。


ご飯のお供に鼻糞。
水分補給のお供に鼻糞。
料理がちょっと味気ない時は隠し味に鼻糞を加えてみよう。ちょうどいい塩分が逆にスパイスになり食欲増進も期待できる。

鼻糞の可能性は無限大だ。
ぜひともこれを読んだ読者諸君には素晴らしい鼻糞ライフが送れる事を願っている。


そしてタピオカブームの次は鼻糞ブーム。
この野望は俺はまだ決して諦めていない。

俺たち鼻糞ラーの戦いは始まったばかりなのだ。

では今回はこのへんで。

次回の記事も全力で読め!そして感じろ!!じゃあの!!!

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