ジスさんのエロゲ語り〜第5回:夢幻廻廊〜

エロゲの話

どうも、ジスさんです。

さぁ今週もやってまいりました。

ジスさんエロゲ語りコーナーのお時間です。

このコーナーは総エロゲプレイ本数約450本のエロゲライトユーザージスさんが、毎週月曜日に週替わりで懐かしさを感じながらエロゲを紹介していこうというコーナーである。

夢幻廻廊


第5回に選んだ作品は“夢幻廻廊”


俺が今までプレイしてきたエロゲの中でダントツで一番好きな作品

下手すりゃエロゲ以外を含めた全作品の中でもっとも好きな作品まである。そのくらい俺の人生や考え方に衝撃や変化を与えた作品。

まさに神ゲー。

 

究極のドMゲーと評されている本作品であるが、それはあくまで表面的なものであり、夢幻廻廊はループシステムとエロゲを使った現代社会風刺であり、文学作品であり、哲学だ。

もはやエロゲとして留まらせておくのは本当にもったいない。

今回はかなり長くなってしまうことを先に断っておく。それでも夢幻廻廊の魅力が一人にでも多く伝わり、プレイするきっかけになってもらえたらこれ幸い。

基本情報

2005年発売

シナリオ:伊藤ヒロ

OP:トキのかたりべ:海原エレナ

ED:夢幻廻廊:-

あらすじ

『僕っていったい何だろう』

 

記憶喪失で道で倒れている少年。

少年が目を覚ますと、どうやらここはお屋敷のようだ。

少年は、お屋敷の主人”九条環”に記憶も身寄りもない僕をここに置いてくれと懇願する。

九条環にこのお屋敷に住むことを許可され、少年は”かとる”として暮らすことに。

少年はお屋敷の九条4姉妹+二人のメイドから”いっぷ”を受けていくことで、苦痛と快楽を感じながら自分の存在意義を確認する。

そして幾度となく繰り返されるいっぷにより少年は天国へ辿り着く。

専門用語解説

夢幻廻廊には専門用語がいくつか登場する。

かとる

簡単に言うならペット。もっと言うなら奴隷。

いっぷ

鞭”whip”のこと。夢幻廻廊では”しつけ”という意味で使われる。

主要登場人物

たろ

本作の主人公。

記憶を失って街中で倒れているのを拾われ、かとるとしてお屋敷で過ごす。

九条 環

お屋敷の奥様。お屋敷の主。

常に妖艶な笑顔で微笑んでいるお美しい主様。

あらゆる面が謎に包まれている。

九条 薫子

九条家四姉妹の長女。

あまりお身体の強くないお嬢様。くつしたおいしいくつしたおいしい。

九条 麗華

九条家四姉妹の次女。

感情的で、気に入らないことがあると暴力などでストレスを発散するお嬢様。

でも一番まともなお嬢様。

九条 祐美子

九条家四姉妹の三女。

もっとも優しく常識を持ったお嬢様。

とても優しく常識があるから、たろに生ゴミを食べさせてくれたり、たろが食べる生ゴミに祐美子お嬢様の唾液を垂らしてくれたりする、とても優しく常識のあるお嬢様。

九条 奈菜香

九条家四姉妹の四女。

とても元気なお嬢様。

たろをおもちゃとして扱っているお嬢様。皆さんも幼い頃好きだったおもちゃってきっとあると思う。その大好きだったおもちゃを扱う感覚。

お屋敷に仕えるメイド1号。

いつも冷静沈着なメイド。九条家のお嬢様たちに代わり、たろを叱咤したりする。

志乃

お屋敷に仕えるメイド2号。

ドジっ子メガネメイド。麻耶よりも立場が低く、ほぼかとると同じような扱いだったりするため、たろに同情の感情を示したりする。

個人的に結構重要人物。

グモルク

全裸に犬の被り物をした謎の人物。

時折、たろの前に姿を見せては意味ありげな言動を残しては、たろを翻弄する。

ジスさん的評価

音楽:★★★★★★★★★★
難易度:★★★★★★☆☆☆☆
シナリオ:★★★★★★★★★★
おすすめ度:★★★★★★★★★★

総評:100/100

 

100点以外につけようがない。

このゲームの表向きの宣伝文句は”究極のドMゲー”

表向きはたろがお屋敷の姉妹たちから受ける凄まじい調教を見て楽しむってものなんだと思う。ドM代表の俺も確かに興奮はした。

直接的な猟奇的シーンやグロテスクなシーンはないが、ある意味で猟奇的やグロテスク。精神的グロテスクなシーンはかなりのものだが、多少なりとも耐性があるなら間違いなくおすすめできる作品。

一人でも多くの人にプレイしてもらいたい。

ジスさんと夢幻廻廊

冒頭にも書いているが、全ての文学作品も含め俺が最も好きなエロゲ。

このゲームは、ループシステムとエロゲを使った現代社会風刺である。文学作品であり哲学だ。

人生の価値観が変わった作品。泣きゲーで泣くことはよくあるが、そんなものとは程遠いこの作品で感動して涙したのは人生で初だった。

ゲームシステム

物語はループゲー。

同じ話を何度も何度も繰り返す。

周回を繰り返すうちにいっぷの内容が一部違ったり、たろの心情等が少しづつ変化していく。

しかしほとんどテキストは一緒。同じ内容の箇所はスキップしてもらって問題ないだろう。

赤の日
黒の日

という概念が存在し、最初俺たちは赤の日でたろの調教劇を繰り返し見る。

一定回数赤の日を過ごし、黒の日に突入。

さらに酷い調教劇を何度も何度もループする。



そして天国へ。

繰り返されるいっぷの末、たろが辿り着く天国とはいったいなんなのか。

それは皆さんがプレイして辿り着く場所でございます。是非プレイしてみてください。




死ななけりゃ辿り着けない天国なんて、この世じゃなんの価値もない。

ねえ君は、君は、何を望むの?

終わりに

もう本当好きな作品なんだけど、魅力が伝わったかなぁ。伝わってくれぇ(?)

ちなみにこの作品は2009年に、夢幻廻廊2が発売されている。

2と言っても続編ではなく、主人公が”たろ”と”しろ”という、二人になっていて、初代よりいっぷシーンが過激になっている。

そして俺が書いていた究極の文学作品である所以をちょっとだけわかりやすく描いている。所謂回答編みたいなもの。

初代やっだけど意味わかんねえよwwなんだよこのゲームwwwって人は2もプレイすることを推奨する。

ゲームとしてこの作品をプレイするなら2がオススメで、文学作品としてプレイするなら初代をやってじっくり考えたうえで2をプレイするといいかも。

2も初代と言いたいことは一緒なので神ゲーなことに代わりはないんだけど、俺は断然初代派。

というわけで、気になった人は本当プレイしてもらいたい。あんまり俺がここまで人に勧めるってないんだよ。

つべこべ言わずやるんだよ。

ではまた来週。第6回でお会いしよう。











※ここからネタバレを含んだ個人的な考察等を書いていくので、未プレイの人はプレイしてから見てください。

各ルート考察

20週くらいしてるからだいたいは覚えてるはずなんだけど、セリフはところどころ違ったらすまん。

お屋敷の本質

お屋敷は環の作ったゲーム盤。

永遠が永遠であることを確かめるために永遠に続くゲーム。

このゲーム盤では、

お嬢様4人
メイド2人
かとる1匹

という合計7体のコマを用意し、そのコマたちがどう動くかを環とグモルクで賭ける。

お嬢様、メイド、かとるの役割は別に誰でもよい。

基本的に薫子、麗華、祐美子、奈菜香お嬢様麻耶、志乃メイドかとるたろという設定で話は進んでいく。



さて本作品”夢幻廻廊”だが各ルートで、たろは様々な経験をする。

薫子

とあるルートでは、薫子が”かとる”、たろが”薫子”として新しいループがはじまる。

たろをお屋敷から逃がした薫子が、奥様から酷い罰を受けるシーンがある。その罰を、たろはかとるの僕が代わりに受けますと言うのだ。

お屋敷の主、環はこう言う。

たろがいて薫子があるならば、別に薫子が薫子で、たろがたろでなくてはならない理由はない。

そして薫子が”かとる”、たろが”薫子”として新しいループがはじまる。


薫子はかとるを愛する者である。

薫子の腹の刺し傷は、祐美子ルートでたろが包丁を持つ描写があることや、麻耶ルートでの出来事(下に記載)から薫子が”かとる”であった際に何者か(おそらくメイド)によって刺された傷で間違いないだろう。

麗華

とあるルートでは、たろと麗華はお屋敷から脱出し、普通の人間として暮らそうと試みる。

しかしたろは、やはり現実世界には色がない。お屋敷は僕を必要としてくれる。と感じお屋敷に勝手に戻ってしまう。

お屋敷に戻ったたろは、今日は天気がいいから、と祐美子に散歩に連れて行ってもらう。

そこで麗華と再会する。

たろはこのスーツを着た女性が誰だったか全く思い出せない。だけど懐かしいような感覚に陥り自然と涙を流してしまう。

現実世界に馴染んだ麗華は、現実世界に戻ることのできなかった、たろ。お屋敷の世界に完全に毒されてしまったたろにこう告げる。


アスタ・マニャーナ


麗華は4姉妹の中で最も正常な人間だ。

黒ルートでは、またかとるに戻ってしまう恐怖から、たろを暴力で抑えつけ辛うじて次女としてのポジションを保つが、これは恐怖という感情が人間の心を支配してしまった時の自己防衛。

現実世界でもよくあることだ。

自分の失敗を他人のせいにする責任転嫁。とかがそれにあたるんじゃないかな。

そういった表現、自分が転落したくないという感情を素直に表現する麗華は、登場人物の中でもっとも正常で人間らしいと個人的に思う。

祐美子

とあるルートで、たろは祐美子を愛し、お屋敷から二人で脱出する。

二人で同棲生活を始めるが、祐美子はすぐに『お屋敷に戻りましょう』とたろに提案をする。

たろはもちろんそれを拒む。せっかくあんなお屋敷から逃げて祐美子お嬢様と二人で暮らせるのに、と。

拒む祐美子は、たろにこう告げる。

お屋敷の外では、たろの言葉を聞き取ることはできるが、心が通じ合わない。

お屋敷では、たろの言葉を読み取ることができないが、心で通じ合うことができる。それはお屋敷という場所は、お嬢様とかとるとしての”役割”があるからだ、と。

たろはその言葉で納得し、二人で手を繋ぎ再びお屋敷へと戻る。

たろと祐美子は、言葉で通じ合うよりも心で通じ合う選択をしたのだ。


またとあるルートでは、環を殺害し祐美子がお屋敷の主となる。

たろは祐美子に仕える”グモルク”となり忠誠を誓う。新しいプレイヤーでゲームがスタートするのだ。


祐美子は登場人物の中で、最も危険。ポジションが危うくなれば手段を選ばない。

現実世界に例えるなら、与えられた仕事をマニュアルどおりに完璧にこなすタイプだが、キレたら何をするかわからない。決められた場所と目的を提供していれば輪の中では強いタイプと言っていいだろう。

物語の謎の答えを導き出してくれる重要なキャラ。個人的には一番好きなキャラ。

奈菜香

とあるルートでは、たろのことをお気に入りになった時、麗華の激しいいっぷ(正確には違う)により、たろは死んでしまう。

そして奈菜香は、たろが死んじゃったと大泣きしてしまう。

そう、まるでお気に入りのおもちゃを壊してしまった子どものように。

泣きじゃくる奈菜香に、祐美子は

『また新しいかとるを買ってもらいましょう』

と言って諭すも奈菜香は泣き止むことはなかった。

そんな奈菜香を新たにグモルクとなったたろは、ピーターパンとなり純粋な奈菜香を守ると、そしてお屋敷の永遠を守ることを心に誓った。


奈菜香は純粋にただの子どもで、シナリオはあっさりしているように見えるが、ラストが結構重要でお屋敷の謎を解くには必要なシナリオ。

画像を見ると、たろの墓がいっぱいあるのがわかるだろう。

これはおそらく、今までの死んでいったかとるの墓で、そして全てを察していた麗華は、おそらく麗華のかとる時代に同じ出来事があった。もしくは麗華がかとる時代の墓があったから、なのではないかと予想する。

麻耶

たろの姉である麻耶もまた、かとるであった。

かとる時代の酷いいっぷに耐えきれず、メイドに出世するため新しいかとるとして、弟のたろを差し出した。

そしてメイドとしての役割をこなしていくうちに、かとるとして酷い仕打ちを受けているたろと、かとる時代の昔の自分を照らし合わせ、たろのことが可哀想になり、屋敷から逃げるようにたろを促す。

そしてお屋敷に火を付ける。

燃えるお屋敷からバイオリンの音が響き渡る。

たろは本当はお屋敷に居たかった。現実世界でなくお屋敷こそたろの居場所だったからだ。

そして新しいゲームが始まる。

たろはやはりお屋敷に戻る。そこからゲームがスタートするからだ。

また弟が戻ってきてしまった。こんな場所になぜ戻ってくるのか。なぜかとるとしての道を選ぶのか。そして自分がかとるとしての仕打ちから逃れるため、弟をかとるにしてしまった罪を償いたい。永遠を終わらせたい。

麻耶はたろを殺害する。


麻耶に関しては評価が分かれる部分だろう。

これ以上たろが、かとるとしていっぷを受ける姿が姉として耐えられなかったというのが、殺した理由にせよ、罪を償って永遠を終わらせたいのが殺した理由にせよ、まぁまぁ個人的には理解できない。

全て自分の感情のみで行動をしているからだ。

しかし、現実世界でもこういう人間はかなりいる。ていうか俺もこういう人間なのかもしれない。いや、もしかすると人間全員、麻耶のような感情を持っているのかもしれない。

そんな人間誰しもが持っているかもしれない感情を、麻耶は作品で演じてくれている。

志乃

とあるルートで、志乃はお屋敷から脱出を試みる。

たろが逃げようとする志乃を発見し止めるが、志乃は『一緒に逃げよう!こんな狂ったお屋敷、もう暮らせない!』と、たろに提案する。

最初は志乃を説得するたろだが、志乃の話を聞くうちに、現実世界での志乃は現実世界で一人。誰も友だちがいないということを知る。

そして現実世界の自分もそうだったことを思い出す。

現実世界で孤独同士、たろは志乃と一緒にお屋敷から逃げる決断をする。

現実世界に戻ったたろと志乃だが、志乃は現実世界で酷くヤツれる。人間としての生活もまともにできない。

たろは志乃に告げる。

『お屋敷に戻りましょう。』

『心がお屋敷にとらわれているから現実世界で僕たちは暮らせない。』

結局志乃とたろはお屋敷に戻り、志乃は元のドジっコメイドとしての役割を全うする。

たろは、志乃は幸せになる才能がある、とグモルクに言う。


志乃は最も、たろに近い存在だ。

もちろん志乃も過去にかとるとしての暮らしをしているわけだが、たろのことを時折気にかけるのは、現実世界での自分とたろが似ていることを察していたのではないかと予想する。

志乃のようなキャラを人間に例えるなら、一人では行動が苦手で誰かに従うがままに動く人間だ。指示待ち人間とも言えるかもしれない。目的があるお屋敷では自分の職務を全うできるが、現実世界には目的がないため、ただただ病んでいくだけである。

登場回数は他のキャラより少なめではあるが、志乃ルートは天国への大きなヒント。

個人的にはかなり重要人物である。

志乃が幸せになる才能があるなら、たろもそれは同じだ。

グモルク

お屋敷の主に仕える下僕のような存在であり、もっと言うならこのゲームで存在を認知されていない人間でないものであり、環とのゲームを外部から眺めるプレイヤーである。

実際正体は明かされないのだが、お助けキャラのような存在だろうか。

毎回意味ありげな言動をたろに投げかけるが、グモルクのセリフは、たろが天国へと行くための助言である。

印象に残っているセリフは正直ひとつに絞ることはできない。

たろ『僕は、僕で間違いないんですよね?』

グモルク『おまえがどの時点のおまえなのか。おまえという役割を果たすべきおまえなのか。質問の意味によって全て答えが違ってくる。』
など。

たろ

とあるルートでは、麻耶がたろをお屋敷の外へ脱出させる。

麻耶『初めから何も無かったのだと忘れてしまうの。奥様も、かとるも、お嬢様たちも、私のことも。それが普通の人間にとって一番幸せ。痛みも苦しみも、死ですらも』


そしてたろは現実世界へと戻る。


この世界は誰もが僕に優しい。誰も僕にいっぷをしない。

この世界は手を繋ぐこともキスをすることも特別だ。

お屋敷での日々がどれほど狂気に満ち溢れていたか。と実感する。

しかし、現実世界には色がない。

誰も僕を必要としない。

僕は一人だ。


でもお屋敷は違った。

お屋敷に戻りたい。

そう思ってお屋敷へ戻るたろ。

しかしお屋敷はすでに存在しなかった。

たろはお屋敷には二度と戻れなくなった。

これがエンディングのひとつ。

そして間違いなくこのゲームでは一番のバッドエンド。

狂気に満ちたお屋敷。そこから逃げ出すことができたたろは、ハッピーエンドのはずだが、これは一番のバッドエンド。

エンド名は『病院送り』



たろは現実世界に戻るたびに言う。

現実世界は色がない。

現実世界には居場所がない。

でもお屋敷には”かとる”としての役割があり、お屋敷には僕にとって色がある場所。

僕が居ていい場所。

そんなお屋敷のかとるとして暮らすたろ。たろはお屋敷で役割を持って暮らす中であるひとつの真実に気づく。

そしてたろは、お嬢様でもメイドでもなく、画面の前の俺たちに問いかける。



死ななけりゃ辿り着けない天国なんて、この世じゃなんの価値もない。ねえ君は、君は、何を望むの?

たろは、天国にたどり着けたのか。

トゥルーエンドへ向かおう。

天国

お嬢様やメイドとの様々な経験を経て、たろはついに辿り着く。

環『このお屋敷が現実の世界でないとしたら?』

コミュニケーションをしているようで、誰もが相手に怯え、誰とも心を通わせられないお屋敷が夢だとしたらどうするか、とたろに問いかける。

たろ『そんなことはわかっていたのです。』

お嬢様たちは実は誰もが相手に怯え、心を実際には通わせていない。

唯一かとるの僕だけが誰からも怯えられない存在でした。とたろは言う。

たろは幾度のループで、お嬢様たちや、メイドたちと心を通わせてきた。たろは、幾度となく繰り返されたいっぷは、みんなから集めたぬくもりだと言う。

環はこう返す。

血の繋がりも体の繋がりも心までは繋ぎ合わせてくれない。鎖でつないでも離れていく心を留めることはできない。別れは心を傷つける。人はその痛みに誰もが驚き、そして怯える。


俺たちの世界も同じだ。

人の心と心を繋ぎ合わせることは本当に難しい。いくら片方が心を許しても、相手の離れていく心を留めることなどできない。それが友人であろうと恋人であろうと家族であろうと。

人はその”心の別れ”に知らず知らずの間に怯えている。

だから本心は隠したりする。

人間は自分を嘘という化粧でコーティングし、誰もが嘘と嘘でコミュニケーションをとるのだ。

しかし、かとるとしての役割を持ったたろは、お嬢様やメイドたちから心で繋がったいっぷを受けてきた。

人により表現の仕方はさまざまだ。

人によっては間違った表現であったかもしれない。受け入れ難い表現方法だったかもしれない。

ただ言えるのは、たろは確かにお屋敷内でお嬢様たちやメイドたちと心で繋がっていた。

環は、人間にとっての幸せが何そしてその幸せは永遠に続くか。を確かめるためにこのお屋敷を作ったのではなかろうかと考える。

結果的にたろは永遠に辿り着く。

それがこのお屋敷にとって、そしてたろにとっての天国だ。

トキのかたりべ考察

夢幻廻廊のOP曲である”トキのかたりべ”

Mugen Kairou OP ( 夢幻廻廊 )

軽く聞き流す程度だと、お屋敷の主の環の声優である海原エレナが歌う不思議な雰囲気の和やかな曲。そしてベースラインがかっこいいといった印象。

しかしこの曲の歌詞も言うならこの作品の本質の部分。そんな歌詞について妄想たっぷりで個人的に勝手に考察。

トキのかたりべ Vo.海原エレナ

Turn Out 高い場所なら 孤独に気づく
Turn Up はるか遠くに 語らう(声を…)声を(Feel alone…)聞いた

雲の 切れ間 覗き込む
人に 愛に 夢に 巡り逢える

真白なカンバス 見下ろした
人たちは嘘を 見せ合いながら 立ち尽くしていた

絶え間なく続く 哀しみのうねり 見つめたままで

時の雫 落ちかけて
人も 愛も 夢も 操られる

拙い言葉を 響かせて
人たちは嘘もつけないほどに 疲れ果てていた

くずれゆく君よ
永遠に見えた名もなき 君よ

現在の かけら 集めては
人を 愛を 夢を訪ね歩く

あぁ…幾千の夜に うなされても…
あぁ…生きることに囚われている…

絶え間なく寄せる 苦しみの波に揺られたままで

時の雫 落ちかけて
人も 愛も 夢も 操られる

そして 雲の切れ間 覗き込む
人に 愛に 夢に巡り逢うために

人は…

聴きながら歌詞起こしたので間違ってる部分もあるかもしれん。間違った歌詞あったら教えてくだしあ。

まずタイトルのトキのかたりべ。

トキ=時。
かたりべ=語り部。

語り部とは、昔から語り伝えられる昔話、民話、神話、歴史などを現代に語り継いでいる人のことだ。

この歌詞は、そんな時を司る語り部=お屋敷という世界を創造した環の心情を描いた曲、と考えるとすごく夢幻廻廊にマッチしている。

Turn Out 高い場所なら 孤独に気づく
Turn Up はるか遠くに 語らう(声を…)声を(Feel alone…)聞いた

雲の 切れ間 覗き込む
人に 愛に 夢に 巡り逢える

高い場所から人々が暮らしている世界を見下ろすと、人は皆孤独であることがわかる。

空を見上げると語り部が、”人は皆孤独である”と言っている声が聞こえる。(ここだけ人間視点)

雲の切れ間から人々が暮らしている世界を観察してみれば、人がいったい何なのか。その答えに巡り合えるかもしれない。

真白なカンバス 見下ろした
人たちは嘘を 見せ合いながら 立ち尽くしていた

絶え間なく続く 哀しみのうねり 見つめたままで

時の雫 落ちかけて
人も 愛も 夢も 操られる

人々が暮らしているこの”全く価値のない色のない世界”を見ると、如何に人々が皆、人間関係や会社、学校等で、自分自身を嘘で固めながらただ呆然と立ち尽くしていることがわかる。

皆、それにモヤモヤしていることに自分で気づいているはずなのに。

人々は何かに操られているのだろうか。でもいったい何に操られているのか。

拙い言葉を 響かせて
人たちは嘘もつけないほどに 疲れ果てていた

くずれゆく君よ
永遠に見えた名もなき 君よ

現在の かけら 集めては
人を 愛を 夢を訪ね歩く

心にも思ってない薄い言葉で薄い人間関係を構築し、人々はその人間関係に疲れ果てている。

名もなき君よ、は個人ではなく、人々を慣用的に表現しているのかなぁと。)

人間関係に疲れ果てているのに、それでも人は人間関係を構築することを辞めようとしない。日々薄い言葉で薄い人間関係を作ろうとしている。

あぁ…幾千の夜に うなされても…
あぁ…生きることに囚われている…

人々は嘘で身を固め、薄い人間関係を構築する生活がストレスになっていることは理解している。しかしそれを人間は辞めようとしない。

そう。人間は”生きる”ということに囚われているのだ。

絶え間なく寄せる 苦しみの波に揺られたままで

時の雫 落ちかけて
人も 愛も 夢も 操られる

生きる”ということに囚われていることを理解しつつも、苦しみの波に揺られ、人々は今日も明日も明後日も”生きる”ことに囚われ続けて生きていく。

そして 雲の切れ間 覗き込む
人に 愛に 夢に巡り逢うために

人は…

いつ雲の切れ間から人々の世界を覗き込んでも、人々は”生きる”ことに囚われ続けている。そしてこれからも永遠に囚われ続けていくだろう。

的な解釈を昔からしてたんですが、どうですかね。

15年前、某掲示板でOP考察とかの議論してた時、人によっては”時の雫”を人間の涙と解釈していた人もいた。わからんでもない。

トキのかたりべは、ゲームプレイ前後で曲の評価がすごく変わる曲でもあると思う。

クリア後にもう一度聴くと素晴らしさがわかる。

歌詞の解釈で議論できる曲って名曲だよなぁ。

最後のまとめ

この作品が言いたいことは、人間にとっての幸せとは。であることは間違いないが、裏のテーマに現代の人間の生き方。があると考える。

もちろん人によって幸せの形は様々である。

しかし現代の人間は本来人間が持っている簡単に幸せになる方法を自ら放棄しているのではないか。

この作品をプレイする前までは、俺も含め人間って本当に言いたいことを隠して嘘で固めて薄い人間関係を形成しているのはわかっていた。社会人になると尚更わかるよね。

けど、なぜ俺たちが本当に言いたいことを言えず、嘘で固めるのか理由がわからなかった。


でもこの作品をプレイしてわかったんだ。



人間って皆、”生きる”ことに囚われているんだなって。

そしてこれからも皆、人間は”生きる”ことに囚われながら生きていくんだろうなって。



でも”生きる”ことに囚われ続け、ストレスや過労死で死んだらどうする?もしくは自殺などして何の意味がある?




死ななけりゃ辿り着けない天国なんて、この世じゃなんの価値もないのだ。

生きることに囚われすぎないで、自分の望むように行動してみると生きてても天国にはたどり着ける。

ってことが言いたいのかなっていう俺の妄想というか考察でございました。


そんな現実社会風刺とエロゲは融合させた、夢幻廻廊


俺はこの作品が本当大好きだ。

これからも。

永遠に。

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