俺がションベンで殿堂入りして先生にブチギレられた話

昔話

どうも、ジスさんです。

女性は知らない人もいるかもしれないが、男という生き物は基本的に立ってションベンをするのだ。

皮肉なことに勃っている時はションベンが出にくいにも関わらず立ってションベンをするのだ。

この行為を通称“立ちション”と呼ぶ。

立ちションはすごく便利で、トイレを探してコンビニにダッシュしなくても咄嗟に物影に身を潜めションベンすることができる。

俺が30年間生きてきて男でよかったなぁと思えることなんて、これくらいしかない。

真冬に冷たくなった道路にションベンをして、ホッカホカの蒸気が道路から沸きあがってきた時の謎の達成感は、それはそれは素晴らしいものなのだ。

先日、ふと物影で立ちションをしてる時に、俺は小学校時代のことを思い出した。




あぁそういえば俺昔ションベンで英雄になったなぁと。


今回は俺がそんなガキの頃の思い出について書いていく、久々の思い出語りシリーズである。

クソガキだった俺の幼少時代

あれは今から21年前。小学校3年生の時だ。

前の記事から見てもらっている読者諸君には周知の事実ではあるが、今と変わらず俺は当時からそれはそれはクソガキだった。

喧嘩っぱやいとかそっち方面のクソガキではなく、小学校2年くらいから担任の先生の旦那とのセックス事情を赤裸々に聞きたがっていたし、まぁ当時はクンニがセックスと思っていたから(過去記事参照)、担任の先生に『先生ー!昨日は旦那とどんなクンニしたんですかー?』とよく聞いてたりしてた。

放課後、当時好きだった女の子のピアニカのチューブ舐めたり、好きだった女の子のクーピー食ってたりしてたし。

そんなクソガキが成長して、小学校高学年の時にリコーダーの魔術師へと進化するわけだ。

なるほどな、これはなるべくして魔術師になってるわ。と、当時の俺のクソガキっぷりを今書きながら思う。

ションベンランキング設立

小学校3年生の時、仲の良かった大原君と連れションをした時、俺は敢えてウケを狙うために小便器から距離を取り、離れた小便器に向かってションベンをする、という荒技に打って出た。

俺『いっけぇ!!ロングディスタンスダイナマイトションベンだ~!!』


大原君は笑いながら、


『すっげぇwwwこれ超速スピナーで例えるならベーシックレベル7くらいの難易度はあるわwwww』

俺が小学校3年生の頃の愛読書のひとつといえばお馴染み、コロコロコミック。

当時はビーダマン、レツゴー、グランダー武蔵、ほっとけコジゾウくんなどを主に愛読していたが、もうひとつ好きな作品があった。

それがハイパーヨーヨーの漫画、超速スピナーだ。

簡単にあらすじを説明すると、主人公のクソガキがヨーヨーで世界一になるという漫画だ。あと霧崎マイちゃんが尋常じゃないほど可愛いし、幼なじみであるりあんも尋常じゃないくらい可愛い作品だ。

アニメも放送されてたけど、監督が当時波にのりまくってた加戸さんなこと、あと森久保が歌うLoop & Loopが好きだった記憶しかない。

で、その超速スピナーという漫画に、ヨーヨーの技ランキングみたいなのがあったんだよ。

超速スピナーの作品中の技では、ベーシックレベル、スーパーレベル、ハイパーレベル、そして後にプロスピナーレベルというメカニズムが存在し、ベーシックレベル10が一番簡単。そこからベーシックレベル9,8,7とあがっていくごとに難易度が上昇していく。

そしてベーシックレベル1の次はスーパーレベル10、9、8と順番に進んでいくのだ。

俺もガキの頃はベーシックレベル10から順番によく練習していたものだ。

たとえばヨーヨーで最も有名な技、『犬のさんぽ』

これを超速スピナー界では『ウォークザドッグ』という厨二病全開の技名になっていると見せかけて、蓋を返せばただ英語にしただけである。ウォークザドッグはたしかベーシックレベル7か8だったはず。

こんなかんじで超速スピナー界での技はすべて横文字で当時の俺はそれがめちゃくちゃかっこいいと思っていた。同年代の少年の多くはこの超速スピナーの影響でヨーヨーを手に入れ、練習した人は少なくないだろう。


話は戻り、俺と大原君は二人で爆笑しながらトイレを後にするが、そこで俺は閃いたのだ。


超速スピナーのようにションベンにも技を作ったら超面白くね?

と。


大原君に交渉したところ、大原君は快諾。

ションベンの技一覧制作のプロダクトが始まった。

当時クソガキだった俺と大原君の知恵を絞った結果、30個以上の技を生み出すことに成功した。

例えば”スタンダードトイレ”

これはションベンベーシックレベル10で、通常のションベンのやり方だ。

その他にも

便器の前に立ち、隣の便器にションベンをする”サイドトイレットアタック”

二人が便器の前に立ち、お互いが隣の便器にションベンし合う”Xトイレットアタック”

2つの便器の間に立ち、チンポの皮の真ん中を指で抑え、チンコの左右からションベンを発射させ、左右の便器にションベンをする”トイレットインザシャワー”

など合計30以上の技を作った。

そんなこんなで技をたくさん作って大原君と爆笑していたのだが、他のクラスの男子たちも『おまえら面白そうなことやってんなぁ!』と仲間に加わり、このションベンレベルプロジェクトは俺のクラスの男子全員に一気に広まった。

そこからクラスの男子の間でションベンレベル検定は大流行した。

俺と大原君はこの検定の発案者として、クラスメートがションベン技に挑戦する時は、必ず俺か大原君どちらかが審査員と立ち会うことが必要というルールになった。

俺と大原君は審査員として休憩中は常にトイレで誰かのションベンを見ていたと思う。

俺と大原君の予想以上にこの検定は盛り上がった。

早くションベン検定に挑戦したいからと、休憩のたびに水を飲みまくる猛者がいたり、中には給食の牛乳と引き換えに、ションベンベーシックレベル6の”ワンレッグトイレット”(片足で立ち便器からションベンをこぼさずする技)をクリアしたことにしてくれ、と裏取引を持ちかけてくるやつもいた。

もちろん俺は快諾した。


この頃のクラスの男子のカースト制度はションベンレベルで決まるといっても過言ではなかった。

通常小学生の男子のカースト制度のピラミッドの頂点は、運動ができる、足が速いなどであるが、俺のクラスだけはションベンレベルが全てだった。

ションベンレベルが高いほうが、カースト的に上位に立ててたのだ。

どんなに運動ができなくても、勉強ができなくてもションベンレベルさえ高ければ、それなりにいい待遇をクラスで受けていた。

俺のクラスだけはションベンレベルの高いやつこそが全てだったのだ。

そして発案者である俺と大原君は無論、ピラミッドの頂点以上の雲のような存在だった。つまり”神”だ。

皆が俺と大原君を取り合い、大原君が風邪で学校を休んだ時なんかはクラスの男子皆でお見舞いに行ったこともあるくらいだった。

まさにションベン革命。

ションベンで作り上げた俺と大原君の王国だった。クラスの男子を支配していたのは紛れもなく俺と大原君だった。

ションベン革命崩壊の時

ションベンレベル設立後数か月してから、クラスの男子から不満の声が溢れはじめてきた。


その理由は”シップウジンライ”が難しすぎる。という理由だった。

ションベンハイパーレベル8

それがシップウジンライだった。

チンポを露出した状態でトイレ入り口に立ち、それぞれの便器にちょっとづつションベンをしていき、全ての便器にションベンをしていけばクリアという大技だ。

俺の小学校の小便器は18個だったので、合計18回に分けてションベンを出す必要があった。

このシップウジンライの難しい部分は、ションベンを18回に分けるというペース配分の難しさにある。ペース配分を考えずにおこなうと半分くらいでションベンが尽きてしまうのだ。

シップウジンライをクリアした人は誰一人としていなかった。

そこで不満の声が相次ぎ、”発案者はクリアできるのか?できるものならやってみろ!”という声が上がった。

発案者がクリアできないとなると、発案者のカースト制度も低くなるだろうし、速やかにレベルの改訂も検討しなければならないと思った。

俺と大原君がシップウジンライに挑戦する日の休憩時間。

”あのションベンレベル発案者の、ジスさんと大原君がシップウジンライに挑戦するらしいぞ!”

と、クラス中の男子がトイレに集まった。ションベンレベルの噂は別のクラスにも広まっていたようで、他のクラスからも見学に訪れるものもいた。


皆が見守る中、まずは大原君の挑戦だ。

大原君は出だしこそ順調であったが、14番目の便器あたりでションベンが出なくなり、あえなく挑戦は失敗に終わった。

周りからのブーイングの声。浴びせられる怒声。


そしてついに俺の挑戦である。

この日のために水を大量に飲み、膀胱のションベンたまり具合も申し分ない。

俺はスタートした。

シップウジンライは如何にションベンをたくわえ、各便器に放出するションベンの量を調整するかが勝負の分かれ目となる!

俺はションベンレベル制定段階ですでにシップウジンライの攻略法を熟知していた。



うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!!!!ションベンレベル発案者である俺様を舐めんなよおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!




しばしの静寂が訪れる。


静寂後、大技シップウジンライを成功させ、便器の前でチンポを丸出しにした俺の姿が群集の前に現れる。



うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!ジスさんすげぇえええええええええええええ!!!!!!!!!


湧き上がるクラスメート。歓声が広がる。

大原君は俺の仇をとってくれてありがとうと涙ながらに俺に言ってきた。


俺はこの瞬間伝説となった。



チンポ丸出しのまま俺の胴上げがはじまった。

人生で胴上げをされたのは30年間生きてきてこの時だけだ。




おまえら何をやっている!!!!!!!!!!!



そう声を荒らげたのは、担任の先生だった。

ジップウジンライの成功に夢中になり、気づけば休憩時間をオーバーしていたらしい。

休憩時間をオーバーし、トイレでチンポ丸出しの俺が皆に胴上げされている謎の光景を担任の先生にすべて話すことになった。




結果、死ぬほどブチギレられた。


結果全校集会が開かれ、クラスの男子全員で”トイレで遊んですみません。”と全校生徒に謝るハメになったし、発案者である俺と大原君は小学4年生に進級するまでの間、毎日放課後にトイレ掃除の刑が言い渡された。


今回の昔話はこれで終わりであるが、この時に俺が思ったのは、どんなことであろうと人を動かすというのはすごく面白いということだ。

考えてみればクラスの中心になってくだらないことをやるのは昔から好きだったのかもしれない。

三十路になった今でもこの気持ちを忘れずに生きていきたいもんだね。



というわけで今からランニングがてら立ちションしてきまああああぁぁぁぁぁ

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