怒ることについて考えた話

どうも、ジスさんです。


さて今回のテーマは、怒ることについて考えた話。
ということで早速書いていきましょう。


怒るってのは大事な感情だ。
喜怒哀楽という言葉があるように、誰しもが抱く感情。それが怒るという感情だ。
しかし人間というのは”喜び”という感情よりも”怒り””悲しみ”という負の感情が先天する。
これは心理学的にも実証された事実であり、特に日本人の基本的な価値観がより一層そうさせる。

実際、SNSを見ても盛り上がるのは他人や社会の愚痴ばかり。それに同調する人もいれば、反発し、そこから討論に発展し喧嘩に発展。それにまたイライラ。それの繰り返し。
人間はそうして負の感情をループさせながら己を形成していく。しかしその形成は果たして人間形成は正しいのだろうか。


人間の怒りの原因は大抵は自分の思い込み。
俺はこうだと思う。私はこうだと思う。という思い込み。自我が怒りを生む。
俺がFF14に関する記事でめちゃくちゃ批判を浴びたが、実際アンチのゴミどもはお前の言ってることはおかしいという反対意見から怒りを生むわけで。

こいつの言ってることはおかしいという疑問、不満、自己嫌悪など。その感情が起因となりやがて”怒り”という感情になる。
これを一次感情と二次感情という。

反対意見がなければ、極論怒りという感情は生まれないし戦争だって起きない。

しかし人間には自分の考え、意見というものがある。
選択の自由があるからこそ自分の意見と違う人が生まれてくる。
結果、自分の意見とは違うからあいつとは合わない。苦手、という感情から負の感情が始まり怒りを生む。

この怒りを生むメカニズムを改めて理解するだけで無駄な怒りを抑えることができる。



怒りについてちょっと書いたところで、ここからは私感。

俺はあまり怒らない。正確に言うならキレない、と周りにもよく言っている。
しかし実際は小さな事で結構他人の言っていることおかしいな。という疑問はよくある。
あれ、こいつ何言ってんだ?という疑問や不満という一次感情。そして怒りへと変わる二次感情。

だからこそ俺のブログも成立しているわけで。
俺ですら常に大小はあるが、怒りを持ち生活している。

先程も書いたが、人間は必ず怒りという感情を常に持って生活している。常に。


大事なのは、その怒りとどう向き合っていくかで。

怒りやストレスと上手に向き合うか。怒りをどう抑えるか。
それが人間楽しく生きていく上で大切なことだと思うわけ。

人間は悪い部分に目がいく。
これは当たり前。喜びより悲しみの感情が先行するから。
よく言われるけど、いい思い出より悪い思い出のが3倍記憶に残っていると。
これは事実であり当然。

その悪い記憶。怒りという感情をどう解消していくか。
これが課題なわけ。

人って嫌なことがあったら、すぐSNSに愚痴ったり人に愚痴ったり。
それは今も昔も変わらない。

昔は仕事終わったら会社の同期で居酒屋で呑みながら上司の愚痴。まぁその光景は今でも普通にあるけどね。
それが現代はSNSで書いてストレス発散できる。
しかしそのSNSでのおまいらの文字や気持ちは拡散力がある。
負の感情を皆で共有。これって何が楽しいの?負の感情を皆で共有しても何も生まれない。生まれるのは薄い慣れ合いだけ。

それだったらもっと楽しいことを皆で共有したほうが有意義な時間が送れないかい。
もっとおまいらイライラせずに楽しいこと考えて生きようぜ。そっちのが人生楽しい。

でも決して”怒り”の感情を出すなというわけではない。
怒りという感情は社会を発展させるためのきっかけになることだってたくさんある。

怒りの感情と紳士に向き合うこと。
もうちょっとだけ考えて楽しく生きていこうぜって話。



まぁ俺はどんどん怒りの感情を吐き出すけどね^^(産業廃棄物)
他人の不幸話を見て聞いて、それを高みの見物。

それが俺自身が楽しく生きる生き方。

自他ともにキレないことで有名な俺だが、同じくらいクズなことでも有名なのがこの俺。

次回の記事も全力で読め!そして感じろ!!じゃあの!!!

☆☆ランキング参加中。クリックお願いしますー☆☆
にほんブログ村 その他日記ブログ 20代男性日記へ


☆☆ランキング参加中。クリックお願いしますー☆☆
にほんブログ村 その他日記ブログ 20代男性日記へ


真面目な話
スポンサーリンク
ジスさんをフォローする
俺が俺である理由

コメント

タイトルとURLをコピーしました