【作品供養】じゃがいも味噌汁戦争

ショートエッセイ

どうも、ジスさんです。

実はあなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストというエッセイコンテストに作品を投稿してまして。

「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト: 読売新聞オンライン
読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。

まぁ案の定落選したのでこの場で作品供養しようという。

にしてもやっぱ入選してる作品はどれもレベルが高いね。またこういうのあったらいろいろ応募していきたい限りである。

では供養。

ちなみに98%ノンフィクション。2%はフィクションです。

じゃがいも味噌汁戦争

半月型に切ったじゃがいもをたっぷり入れ、しっかりと煮ることでいい具合に崩れたじゃがいもが味噌汁全体にトロみをプラスさせる。そしてワカメと大量の葱。

これがおばば流、特製味噌汁だ。

「やっぱりおばばのじゃがいもの味噌汁はうまいなぁ。」

子どもの頃、学校帰りに家から近いおばばの家に行き、おやつ代わりにおばば流じゃがいもの味噌汁を食べて帰るのが日課となっていた。

おばばのじゃがいもの味噌汁は本当にうまい!最高だ!
そう言いながら毎日のように食していた。

その状況をよく思わなかったのが、他でもない。

母親だ。

料理と食べることが大好きな母親は、料理の腕前も息子が言うのもあれだがプロ顔負けだ。

しかしじゃがいもの味噌汁だけは、おばばの味噌汁には到底及ばない。

じゃがいもは細切り。
そしてワカメと大量の葱。これが母親流味噌汁。

じゃがいもの切り方が、半月型か細切りかが大きな違いであるが、俺は半月切りのじゃがいもが最高に好きだった。

「ちげぇだろ!!じゃがいもは半月切り!!味噌汁のトロみが重要なんじゃ!おばばの味噌汁を見習わんかい!!ボケカスが!!!」

俺と母親の間ではいつもじゃがいも味噌汁戦争が勃発していた。

高橋くんはきっとマザコンに違いないわ、とご近所の奥様方から噂されるほど母親大好きな俺が母親と味噌汁で喧嘩をしたのだ。

俺はおばばの味噌汁リスペクト組名誉会長として、母親の味噌汁に物申す。

一方母親は自分が手掛けた細切りのじゃがいもの味噌汁に圧倒的信頼と自信を持っている。どうやら自分の信念を曲げるつもりはないようだ。

お互いが譲らない。
お互いが自分の信念を曲げない。

のちに歴史の教科書に載ってもおかしくない実力伯仲の”じゃがいも味噌汁戦争”は俺が高校を卒業し、一人暮らしをはじめるまで続いた。

じゃがいも味噌汁戦争から6年後、実家に帰りゆっくりできる機会があった。

高校を卒業し、福岡で一人暮らしを初めてから実家に帰る機会はあったが、ゆっくり実家に連泊できるのは初めてのことだった。

本当はおばばのじゃがいもの味噌汁が食べたくてしょうがなかったが、ちょうどおばばが温泉旅行に行っており、しょうがなく母親の家で飯を食べることになった。

料理上手な母親だ。久々に俺が帰省とのことで、豪華な手料理が並ぶ。

その豪華な手料理の中に、ひっそりとじゃがいもの味噌汁が並んでいた。

あれ?

「どうしたんよこれ」

6年前まで冷戦状態だった、頑なに細切りのじゃがいもを貫きとおしていた母親の味噌汁のじゃがいもが半月切りになっていた。

「あんた、半月切りのじゃがいもの味噌汁がええってずっと言いよったじゃろ?」

この時俺はアホみたいなことで母親と冷戦状態にあったことを悔やんだ。一人で意地を張ってたのは俺だったのだ。

「・・・うまい。」

初めて食べる母親の半月切りのじゃがいもの味噌汁。

おばばの味噌汁とはまた違う、温かく心地よい感覚に包まれる。

じゃがいもの切り方の問題ではない。
母親が俺を思う愛情と優しさが詰まった味がした。

「でもやっぱりおばばの味噌汁のほうがうまいな」

思ってもいないことを照れ隠しで言ってみる。
母親と俺は同時ににやりと笑った。

直後に俺が母さんに対して言った一言に、母親のびっくりしながらも嬉しそうな表情は今でも鮮明に覚えている。

「次俺が実家に帰ってきたら細切りのじゃがいもの味噌汁が食べたい。」





我ながら酷い!!でもこういうのに投稿することが楽しいなって思えたいい時間だった。精進します。

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